ちいさくてもほんとうのこと。

ちいさくてもほんとうのこと。丁寧に暮らす。暮らしは祈りだと思う。

刻を経て 【いきること 1】

随分と記事をアップしてなかったです。コツコツ続けるのが目標。記事が10個溜まったら、SNSで公開しようと決めました。そういう自分との約束、嫌いじゃありません^_^

 

先日、SNSで再会した、ハタチ前後の頃に一緒に働いた同い年の友人と久しぶりにゆっくり話しました。

 

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シンプルにナチュラルに生きたいなぁって想いを共有できる人。

若い頃の私は、自分の事を何もわかってなかったので、彼女時はおしゃべりする時は、好きな音楽の事とか仕事の愚痴とか、ほんの少しの恋バナ?とかね。あの頃はちょっと古風な彼女のこと、少し変わった子だなぁって感じでたかも。

 

私がSNSで綴る事を読んでくれて、感じてる事が同じだから、ゆっくりお話しようと言ってくれたのでした。

 

なんだか世の中の仕組みが不自然と感じ始めたのは子供が産まれてアトピーだと診断されてしまってから。三ヶ月の赤ちゃんをお薬漬けにするのがどうしても違和感があって、オケタニ式の母乳育児の先生に指導してもらって治したのです。でもそこ止まり。少数派になるのが怖くて、人の目も怖くてこっそりこっそりしていました。それが打ち砕かれたのは6年前の震災。自分のちっぽけな価値観は見事に打ち砕かれ、本当に大切なものや、本当の話をできる人たちと生きたいと模索と格闘の日々が始まりました。

 

そんな話をしたら、彼女はもう物心ついた時からそうだったと言うのです。 汚れた地球を想い、幼い頃に涙を流していたと言うのです。だから小さい頃から生きづらかったと。

 

あ、この人はホンモノだと思いました。

 

ゴミを出さない生活、使い切る生活を徹底している彼女。なんと美しい生き方。見習いたい暮らしがそこにありました。

 

人とは違う、自分のこだわりに苦しんだ時期もあったことも理解できます。

でも、彼女の生き方はまさに

ちいさくてもほんとうのこと。

 

やはりシンプルに生きている素敵な人生の先輩が教えてくれた美しい言葉があります。

 

こだわりは祈りである。

 

他者から見て意味付け出来ないことであっても、大切に大切に繰り返しやり続ける事は、祈りであると。

それは、宮司が毎朝同じ時間に祝詞をあげることに等しいと。

 

今年は4回目の年女に当たる年だし、もうね、変わり者、変人、マイノリティ、上等なのですよ。

 

そんな風に思える人と再び出逢えて良かった。

 

本の貸し合いっこ。

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彼女らしい二冊。

私は大好きな「BORO」の 写真集と田中忠三郎の書籍を。

https://www.asmart.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&cat=&swrd=&pid=10006547&vid=

 

彼女から頂いた阿賀野市安田の阿賀野屋さんの平飼い鶏の卵。

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http://www.masayuki1907.com/s/article/443193415.html

育ててる方達も魅力的だと彼女から伺いました。

 

卵アレルギーがある17歳の娘。最近は加熱したものはクリアしています。早速卵焼きにして食べてもらいました。

毎日じゃなくても、ホンモノを時々大切に食べることが豊かさなのです。

 

30年近い刻を経て、今だから繋がる事が有り難いと感じます。

 

お互い、生きてて、想いを共有できて良かったね。

また、ゆっくりと。